DerivingVia で deriving 戦略を模倣する
Posted on 月 30 3月 2020 in プログラミング言語
Haskell では、ボイラープレートは非常に嫌われており、それを撲滅するため強力な型システムの他にも幾つか機能が組み込まれている。その中で非常に強力な機能が、deriving だ。この機能は、データ型の型クラスインスタンスを、その名の通り導出してくれる機能である。Haskell 標準では、幾つかの標準の型クラスにおいて、事前に用意されたアルゴリズムによる導出ができるだけの機能だったが、GHC ではさらに3つの戦略を追加し、広範囲の型クラスの導出が行えるようになっている。特に最近入った DerivingVia と呼ばれる拡張の戦略は、deriving の可能性を大いに引き上げてくれる拡張である。
ところで、実は DerivingVia があれば他の戦略は大方模倣できる。今回は、DerivingVia で各戦略を模倣しながら、簡単な紹介をしていこうと思う。
型クラスインスタンスの導出
Haskell は、データ型を代数的データ型、つまり直積と直和とプリミティブ型から構築できる型で定義する言語である。このため、型クラスが直積と直和に閉じているようなものであれば、大半インスタンス実装は同じような流れになる。例えば、Eq 型クラスの例を見てみる:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 | data D1 = D1_C1 Int D1 | D1_C2 Bool instance Eq D1 where D1_C1 x1 y1 == D1_C1 x1 y2 = x1 == x2 && y1 == y2 D1_C1{} == D1_C2{} = False D1_C2{} == D1_C1{} = False D1_C2 b1 == D1_C2 b2 = b1 == b2 data D2 = D2_C1 Int D2 | D2_C2 Bool instance Eq D2 where D2_C1 x1 y1 == D2_C1 x1 y2 = x1 == x2 && y1 == y2 D2_C1{} == D2_C2{} = False D2_C2{} == D2_C1{} = False D2_C2 b1 == D2_C2 b2 = b1 == b2 |
このプログラムにおいて、D1 と D2 は同型であり、実装もコンストラクタの名前が異なるだけでやってる内容は特に変わらない。さらには、このプログラムは直和に対するインスタンス実装と直積に対するインスタンス実装の合わせ技であり、
- まず直和の等価性により異なるコンストラクタ同士の比較は偽に、同じコンストラクタの比較は中身の等価性で判断する
- 中身は有限直積になっているため、有限直積の等価性により、それぞれの要素をポイントワイズに比較し、その結果の論理積をとる
というようになる。このようなインスタンス実装をいちいちデータ型毎に書くのは、Haskeller にとって苦痛であり、これぐらい自動的に実装して欲しいというクレームが多数寄せられることになる。そこで、直和と直積に閉じた型クラスで、標準で提供されているものに関しては、多くの場合自動的にインスタンスを実装してくれる機能が用意されている。それが、deriving だ。先ほどのプログラムは、以下のように書くこともできる:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 | data D1 = D1_C1 Int D1 | D1_C2 Bool deriving Eq data D2 = D2_C1 Int D2 | D2_C2 Bool deriving Eq |
随分と記述量が減り、プログラムとしても見やすくなっただろう。具体的に deriving が使える型クラスはどう言うものがあるのかについては、後述する。
ところで、このようなインスタンス導出のやり方は、型クラス決め打ちのものであり、それぞれの型クラスに対してコンパイラが導出アルゴリズムを用意してあげなければならない。しかし、それはあまりに拡張性がない。そこで、GHC では標準の導出戦略の他に3つの導出戦略を追加し、ユーザが一定のコードを用意さえすれば、それを利用してインスタンスを自動で導出するように拡張を加えている。それぞれの戦略は、
- stock
- 標準の導出戦略で、型クラスそれぞれに対しコンパイラが導出アルゴリズムを用意し、それを使用して導出を行う。
- newtype
- newtype で宣言したデータ型に対して使える戦略で、元の型のインスタンス実装をそのまま流用する。
- anyclass
- インスタンス実装を空の実装として導出する。型クラスにデフォルトの実装が用意されてる場合、それが利用される。
- via
- 指定されたキャストできる範囲のデータ型のインスタンスを、流用する。
なお、型クラスとデータ型の組み合わせによって、使用できる戦略が複数ある場合がある。その場合に使用する戦略を明示的に書くことを可能にする拡張も用意されている。それが、DerivingStrategies という拡張である。この拡張下では、先ほどのプログラムは次のように書ける:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 | data D1 = D1_C1 Int D1 | D1_C2 Bool deriving stock Eq data D2 = D2_C1 Int D2 | D2_C2 Bool deriving stock Eq |
なお、何も指定しない場合は、GHC が規定する 解決の流れ に沿って解決が行われる。ただ、基本的には戦略を明示するのがいいだろう [1] 。以降は、この拡張を有効にしたとして、戦略を明示して書くようにする。では、3つの戦略と標準の導出戦略の詳細を見ていこうと思う。
DerivingVia による導出
1 2 3 | data MyMaybe a = MyJust a | MyNothing |
このデータ型に対して Semigroup のインスタンス実装をしたいとする。この時、インスタンス候補は幾つかある。まず、自明なインスタンスは以下のようなものだ:
1 2 | instance Semigroup (MyMaybe a) where _ <> x = x |
もう一つ自明なものがある:
1 2 | instance Semigroup (MyMaybe a) where x <> _ = x |
他にも、例えば Applicative のインスタンスがあれば、次のように書ける:
1 2 3 4 5 | instance Functor MyMaybe where ... instance Applicative MyMaybe where ... instance Semigroup a => Semigroup (MyMaybe a) where x1 <> x2 = (<>) <$> x1 <*> x2 |
さらに Alternative のインスタンスがあれば、次のように書ける:
1 2 3 4 | instance Alternative MyMaybe where ... instance Semigroup (MyMaybe a) where x1 <> x2 = x1 <|> x2 |
これらのインスタンス実装は、MyMaybe 固有のものではなく、条件さえ満たしていれば他のデータ型にも流用できそうである。また、インスタンス実装が、このデータ型固有のものではなく、共通の自然な導出によるものであることを明示できれば、それはコードを管理する上でもアドバンテージになるだろう。DerivingVia はまさにそのような導出戦略を明示できる機能だ。上記のインスタンス実装は、DerivingVia を使えばそれぞれ次のように書ける:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 | {-# LANGUAGE DerivingVia #-} import Data.Semigroup import Data.Monoid data MyMaybe a = ... deriving Semigroup via Last (MyMaybe a) data MyMaybe a = ... deriving Semigroup via First (MyMaybe a) data MyMaybe a = ... deriving Semigroup via Ap MyMaybe a data MyMaybe a = ... deriving Semigroup via Alt MyMaybe a |
これは、気持ち的にはそれぞれ次のようにインスタンスを生成する:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 | {-# LANGUAGE TypeApplications #-} {-# LANGUAGE ScopedTypeVariables #-} import Data.Coerce instance Semigroup (Last (MyMaybe a)) => Semigroup (MyMaybe a) where (<>) = coerce $ (<>) @(Last (MyMaybe a)) instance Semigroup (First (MyMaybe a)) => Semigroup (MyMaybe a) where (<>) = coerce $ (<>) @(First (MyMaybe a)) instance Semigroup (Ap MyMaybe a) => Semigroup (MyMaybe a) where (<>) = coerce $ (<>) @(Ap MyMaybe a) instance Semigroup (Alt MyMaybe a) => Semigroup (MyMaybe a) where (<>) = coerce $ (<>) @(Alt MyMaybe a) |
気持ち的にはと言ったのは、最終的に制約部分が単純化され、最低限の制約に展開されるからだ [2] 。例えば、Semigroup (Last (MyMaybe a)) や Semigroup (First (MyMaybe a)) は常に制約が満たされるので除去され、Semigroup (Ap MyMaybe a) や Semigroup (Alt MyMaybe a) はそれぞれ (Applicative MyMaybe, Semigroup a)、Alternative MyMaybe に展開される。さらに単純化によって、Applicative MyMaybe や Alternative MyMaybe はその場で計算され、インスタンスがない場合はエラーになる。なお、単純化の計算結果を使いたくない場合、StandaloneDeriving を使うと良い。StandaloneDeriving はインスタンス導出を、データ型宣言とは独立にできる GHC 拡張で、インスタンスのヘッド部分を明示することができる。今回の場合は、上の DerivingVia を使った例は次のようにも書ける:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 | {-# LANGUAGE StandaloneDeriving #-} deriving via Last (MyMaybe a) instance Semigroup (MyMaybe a) deriving via First (MyMaybe a) instance Semigroup (MyMaybe a) deriving via Ap MyMaybe a instance Semigroup a => Semigroup (MyMaybe a) -- または、推奨されないが Applicative インスタンスの判定を、次のように遅延させることも可能 deriving via Ap MyMaybe a instance (Applicative MyMaybe, Semigroup a) => Semigroup (MyMaybe a) deriving via Alt MyMaybe a instance Semigroup (MyMaybe a) -- または、Ap と同じく Alternative インスタンスの判定を、次のように遅延させることも可能 deriving via Alt MyMaybe a instance Alternative MyMaybe => Semigroup (MyMaybe a) |
StandaloneDeriving を使う場合は、制約の単純化は必要ないため、DerivingVia が行うことは、主に coerce によって実装元から実装を持ってくることになる。もちろん、coerce できないものから実装を持ってくることはできないので、例えば次のようなことは書けない:
1 | deriving via Maybe a instance Semigroup a => Semigroup (MyMaybe a) |
この場合、
1 2 | instance Semigroup a => Semigroup (MyMaybe a) where (<>) = coerce $ (<>) @(Maybe a) |
という実装が作られることになり、Coercible (Maybe a -> Maybe a -> Maybe a) (MyMaybe a -> MyMaybe a -> MyMaybe a) の制約が満たされなければならない。(->) は両方 representation ロールを持つ [3] ので、この制約は Coercible (Maybe a) (MyMaybe a) が成り立つかによって決まる。そして、この制約は残念ながら成り立たない。よって、上記のインスタンス実装は型検査に失敗する。
このように DerivingVia は全ての継承できそうなインスタンスを継承できるわけではないが、かなり広い範囲のインスタンスの自動実装が可能だ。しかも、その仕組みはみた通りかなり単純だ。もし、あるクラスがインスタンスを自動で導出できそうな状況であれば、
- そのインスタンスを実装する newtype を作る
- その newtype を元に、DerivingVia を使う
という手順で、ユーザ定義により自動でインスタンス導出を行うことができる。この手順は通常の Haskell プログラミングからそうかけ離れたものでなく、マクロなどのメタプログラミングも必要ない、かなり強力な機能だ。さらには、DerivingVia は他の導出戦略を模倣可能だ。では、他の戦略を見ていこう。
GeneralizedNewtypeDeriving (GND) による導出
newtype 戦略は、newtype によって定義されたデータ型に特化した戦略だ。この戦略は、GeneralizedNewtypeDeriving、通称 GND という拡張で利用可能だ。この戦略を使って、
1 2 3 4 | {-# LANGUAGE GeneralizedNewtypeDeriving #-} newtype MyMaybe a = MyMaybe (Maybe a) deriving newtype Semigroup |
と書くと、気分的には次のようなインスタンス実装が作られる:
1 2 | instance Semigroup (Maybe a) => Semigroup (MyMaybe a) where (<>) = coerce $ (<>) @(Maybe a) |
なお、制約部分は、最終的に DerivingVia の時と同じく単純化され、Semigroup a に置き換わる。なお、StandaloneDeriving で遅延できる話も同じだ。さらに、インスタンス実装の形も良くにている。実際、newtype 戦略は、DerivingVia で簡単に書き直せる:
1 2 3 4 | {-# LANGUAGE DerivingVia #-} newtype MyMaybe a = MyMaybe (Maybe a) deriving Semigroup via Maybe a |
見ての通りそのままになる。冗長ではあるが、この方がどのデータ型のインスタンスを流用するのかが分かりやすいと思う。これについては、いいだろう。GND は DerivingVia の特殊なバージョンということができるだろう。
DeriveAnyClass による導出
さて、Haskell 業界には、一切メソッドを実装しなくても、自動的にメソッドを作ってくれるクラスがいくつかある。代表的なものが Hashable クラスだ。Hashable クラスは、hashable パッケージで提供されているクラスで、unordered-containers パッケージなどハッシュ値の計算を必要とするデータ構造を提供するパッケージにおいて、ハッシュ値を計算できるクラスとして用いられている。ただ、ハッシュ値の計算自体は冗長なのに対しほぼボイラープレート化することが多い。そこで、デフォルトで Generic のインスタンスがあれば自動でハッシュ値の計算方法を実装してくれるようになっている。このため、ユーザは特になんのメソッドも書かずにインスタンスを定義できる。具体的には、次のようにだ:
1 2 3 | data A = ... instance Hashable A |
なお、このインスタンス実装は、導出戦略としても使える。それを行うのが、anyclass 戦略だ。anyclass 戦略は DeriveAnyClass 拡張で利用可能になっており、次のように書ける:
1 2 3 4 | {-# LANGUAGE DeriveAnyClass #-} data A = ... deriving anyclass Hashable |
なお、名前の由来は、この戦略がその名の通りどのクラスに対しても適用可能なことから来ている。実は、Haskell はどのクラスに対しても空の実装を持つインスタンスが書ける。例えそのクラスが実装を必要とするメソッドを持っていたとしてもだ。例えば、次のようなことが書ける:
1 2 3 | data A = ... instance Semigroup A |
このコードは、概ね次のように展開される:
1 2 3 4 | data A = ... instance Semigroup A where (<>) = undefined |
実際には、もう少し丁寧なエラーメッセージが付いたりするが、実行時エラーになるのは変わらない。anyclass 戦略は、これと同じことをするので、上記のことは次のようにも書ける:
1 2 | data A = ... deriving anyclass Semigroup |
ただこれはあまりにもあんまりなので、GHC では独自に実装するべきメソッドが管理されていて、そのメソッドが実装されていないと警告が出るようになっている。
さて、実装がデータ型によらず決まるというのは、DerivingVia お得意というかそもそもそういう時のために生まれてきたという状況で、anyclass 戦略は DerivingVia で自然に模倣できる。例えば、Hashable の場合、
1 2 3 4 5 | newtype FromGeneric' r a = FromGeneric a type FromGeneric a = FromGeneric' (Rep a) a instance (Generic a, Rep a ~ r, CanDeriveHashable r) => Hashable (FromGeneric' r a) where ... |
というようなフレームワークを用意しておけば、
1 2 3 | data A = ... deriving stock Generic deriving Hashable via FromGeneric A |
と書ける。こちらの方が、どういうインスタンスの導出戦略を使っているかが明示的で分かりやすいだろう。なお、もちろん、危険な方のインスタンス導出も、次のように模倣できる:
1 2 3 4 5 6 | newtype AnyClass a = AnyClass a instance Semigroup (AnyClass a) data A = ... deriving Semigroup via AnyClass A |
ただ、このような使用用途はもちろん推奨されない。
anyclass 戦略では危険な導出戦略と安全な導出戦略が混在していたわけで、それを見分ける方法は警告だけだったわけだが、DerivingVia では元とする型によってそれをきっちりと分けることができる。さらに、anyclass を前提とする場合デフォルト実装は一つしか提供できない。ところが、DerivingVia はいくらでも戦略を増やすことができる。ハッシュ値の計算は、幾つかアルゴリズムの選択肢があるが、DerivingVia と型レベルプログラミングを使えばどれを使用するか自由に選べたりする。なお、anyclass 戦略でできて via 戦略ではできない例は思いついていないんだけど、これはもしかしたらあるかもしれない [4] 。誰か知ってたら教えて欲しい。大半は via 戦略で模倣できると思うので、anyclass 戦略もやはり via 戦略の特殊なバージョンと思えるだろう。
標準の導出戦略
最後は、stock 戦略の紹介になる。と言っても、これに関してはあまり言うことはない。deriving Eq とか書いておくと、GHC が勝手にどうやってるのか知らんけどインスタンス実装してくれるやつである。最初に触れたように、これは基本的に直積と直和からインスタンスを類推している。なお、StandaloneDeriving を使わない場合は、型検査が自明に通るようなインスタンスしか実装されず、DerivingVia などに比べコンパイル時間も削減できたりする。標準の範囲では、次のクラスが stock 戦略で導出可能だ:
- Eq
- 等価性判定ができるクラス
- Ord
- 順序比較ができるクラス
- Enum
- 整列ができるクラス
- Bounded
- 上限と下限があるクラス
- Show
- 文字列表示ができるクラス
- Read
- 文字列からの読み込みができるクラス
- Ix
- 上下を設定した範囲内で整列ができるクラス
GHC では他に、幾つかのクラスの導出ができるようになっている。GHC 8.8 現在で追加されているクラスは、以下の通りだ [5] :
- Data
- 型を超えてデータを一般的に扱うことができるクラス。DeriveDataTypeable 拡張が必要。
- Generic / Generic1
- データ型のメタ情報が取得できるクラス。DeriveGeneric 拡張が必要。
- Foldable
- リストへの変換が可能なクラス。DeriveFoldable 拡張が必要。
- Functor
- 任意の関数を対象の高次なデータ型への関数へと持ち上げることができるクラス。DeriveFunctor 拡張が必要。
- Traversable
- 文脈付きの探索ができるクラス。DeriveTraversable 拡張が必要。
- Lift
- TemplateHaskell 上の構文木に変換できるクラス。DeriveLift 拡張が必要。
ここで挙げたクラスを導出したい場合、特に何かこだわりがあるわけでなく、stock 戦略で導出可能なら、自前でインスタンスを書かず stock 戦略を使うことをお勧めする。これは、無用な混乱を避けるためだ。
ところで、stock 戦略があるのであまり実益としての意味はないのだが、stock 戦略の多くは Generic と DerivingVia で模倣できる。例えば、Eq クラスの導出は次のように書ける:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 | {-# LANGUAGE ScopedTypeVariables #-} newtype FromGeneric' r a = FromGeneric a type FromGeneric a = FromGeneric' (Rep a) a instance (Generic a, r ~ Rep a, Eq (r ())) => Eq (FromGeneric' r a) where FromGeneric x1 == FromGeneric x2 = from x1 == (from x2 :: r ()) data A = ... deriving stock Generic deriving Eq via FromGeneric A |
stock 戦略に比べ変換を一度かます必要はあるものの、実際の計算フロー的には stock 戦略で作られたインスタンスと上のインスタンスは、同じことをしている。Ord やちょっと工夫は必要だが他の標準のクラスも同じような方法で導出するシステムを作れるし、GHC で用意されてるものも Generic1 から作れる。ここから分かるように、DerivingVia は結構強力な機能になる。
おまけ: デフォルト実装を模倣する
さて、Haskell にはクラスメソッドのデフォルト実装という機能がある。インスタンス定義において、未実装のメソッドは、デフォルト実装が用意されていればその実装で埋められ、無ければ実行時エラーが埋められる。デフォルト実装は、通常実装する必要のあるメソッドを使って実装されることが多い。例えば、今まで誤魔化してきたのだが、Semigroup は実際には3つのメソッドを持ち、次のように定義される:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 | class Semigroup a where (<>) :: a -> a -> a sconcat :: NonEmpty a -> a sconcat (a :| as) = go a as where go b (c:cs) = b <> go c cs go b [] = b stimes :: Integral b => b -> a -> a stimes = ... |
stimes のデフォルト実装はちょっと複雑になるので省略する。sconcat のデフォルト実装を見ると分かる通り、(<>) を定義内で使っているが、後は依存が完結している。よって、(<>) の実装さえあれば、この実装は動くようになっている。ところで、deriving とは少々外れるが、このようなデフォルト実装を DerivingVia で模倣することもできる。次のようにだ:
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 | {-# LANGUAGE ScopedTypeVariables #-} {-# LANGUAGE TypeApplications #-} class SemigroupMinimal a where minimalAppend :: a -> a -> a newtype FromMinimal a = FromMinimal a instance SemigroupMinimal a => Semigroup (FromMinimal a) where (<>) = coerce $ minimalAppend @a sconcat = coerce $ sconcatDefault @a stimes = coerce $ stimeDefault @a sconcatDefault :: SemigroupMinimal a => NonEmpty a -> a sconcatDefault = ... stimesDefault :: (SemigroupMinimal a, Integral b) => b -> a -> a stimesDefault = ... |
このフレームワークを使えば、
1 2 3 4 | data A = ... instance Semigroup A where (<>) = ... |
は、
1 2 3 4 5 | data A = ... deriving Semigroup via FromMinimal A instance SemigroupMinimal A where minimalAppend = ... |
と書ける。むしろ冗長かしていてボイラープレートは増えているが、その代わり暗黙的なデフォルト実装は明示できる。また、デフォルト実装は一通りの実装パターンしか選べないが、他にもデフォルト実装のパターンがある場合、このような工夫は生きてくる。その場合、DerivingVia でどのデフォルト実装セットを使うか選べるからだ。また、デフォルト実装のパターンは後からいくらでも追加できるし、サードパーティの人も追加できるようになる。このように単純な仕組みに対して、実装の可能性がかなり広がるのが、DerivingVia の強力なところだと思う。
まとめ
というわけで、各導出戦略の紹介、もとい DerivingVia の紹介でした。これはかなり未来感じる機能だと思うし、少なくとも newtype / anyclass 戦略はもう必要なくない? みたいな気持ちでいる。
なお、デフォルト実装も上手く扱えるよう DerivingVia を拡張するのはどうすればいいかな的なことは、たまに考えてる。DerivingVia の前後、つまり実装に必要なメソッド定義を与えるのと、DerivingVia で定義されたメソッドを上書きするみたいな機能があると、もっと柔軟になりそうだけど、それはそれで機能過多かもしれないとも思う。deriving 自体は、インスタンス実装を隠蔽できるという性質も持っていて、DerivingVia はさらにその機能を強力にできるという側面もある。まあ、色々可能性ひろがリングね。てことで、今回は以上。
[1] | なお、GHC 8.10 からは戦略を指定しないで newtype / anyclass 戦略を使おうとすると、警告が出るようになった。 |
[2] | さらに厳密に言えば、coerce されるのは (<>) メソッドだけではないというのもある。Semigroup は他に sconcat、stimes メソッドを持っているので、これらも coerce される。ただ、ここではそれらを省略している。 |
[3] | 厳密には、(->) は GHC 8.8 現在だと4つの引数を持ち、(->):: (q :: RuntimeRep) -> (r :: RuntimeRep) -> (a :: TYPE q) -> (b :: TYPE r) -> Type という種をしている。このうち、最初の q、r が nominal で、次の a、b が representational である。 |
[4] | おそらくないと思う。 |
[5] | 実はもう一個 Typeable と言うクラスが、DeriveDataTypeable で導出可能だ。しかし、ある問題からこれは非推奨になっている。詳しくは、https://gitlab.haskell.org/ghc/ghc/-/wikis/typeable を覗いてみるといいと思う。なお、現状全てのデータ型は Typeable インスタンスが自動で作られるようになっており、独自にインスタンスを書いたり deriving を使ったりしても完全に無視される。 |